歩くだけ

どうでもいいこと9割です

ノーベル賞下さい。

若いころに読んだ本と言えば、大学の専攻を除くと、司馬遼太郎さん、藤原新也さん、中島らもさん、そして栗本慎一郎さんの4人の本が圧倒的に多かったです。

栗本慎一郎さんと言えば、「パンツをはいたサル」ですね。若い方はご存じでないかも知れません。数年前にあらためて出版されているようです。

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なんというか、人と猿の決定的な違い、それはパンツをはいているかいないかということであり、ここでいうパンツは人が生きずらくなる象徴でもあるんだけど、さあ、パンツを捨てて自由になろうという本です。

所かまわずパンツを脱いじゃいけませんよ。捕まっても責任は持てません。捕まらなくても、ダメです。絶対にダメです。とりあえず脱ぎたくなったら、周りにいる人に脱いでも良いですか?と尋ねてからにしましょうね。尋ねるときも、威嚇的になっていはいけませんよ。穏やかにお願いします。

さて、「パンサル」はかなり売れたようですが、この本みたいに読みやすいものから、難しいものまでいろいろと読みました。だから、どの本に書いてあったかはよく憶えていないのですが、栗本慎一郎さんの本に書いてあったことで特別に印象に残っていたことがあります。確か、こんな意味のことです。

「人は生まれながらにして全てのことを知っている。遺伝子の中に組み込まれているのだ。ノーベル賞をとるような偉大な発明や発見も、もともとは全ての人が知っていることなのだ。天才と言われた人たちは、ただ単に、言語化して表したに過ぎないのだ。」

ここのところ、ノーベル賞の発表が続いていますが、ノーベル賞をもらえなくても、劣等感を持つことなど全く必要ないのです。受賞者に言ってやったら良い。

「そんなこと、おらも知ってただよ。ただ、言語化できなかっただけだぁよ。」

そして、言葉で表せたことだけを褒めてあげれば良いのです。

冗談はおいといて、ノーベル賞ってやつになんか懐疑的になってしまうのですよ。結局、一部の限られた人の目についた人だけが候補の対象になって、さらに限られたほんの一部の人が密室で選んでいるだけなのに、世界的な権威として認められてしまうのはどうも納得がいかないというか、お前、そんなに偉いんか?そんな感じです。

いつだったか、ボブ・ディランがもらった時がありましたねぇ。やつも日和ったなと思いましたよ。私は、ノーベル賞っていうのは、絶対的な価値を追求するものだと思っているのですが、ボブ・ディランのやっているのは好き・嫌いで判断できるものなんですよ。嫌いなら無理に聴くことなんかない。だから価値があるのに、そこを自分で否定したらダメじゃんって思ったのです。やはり辞退したらカッコ良かったのに。お金に目が眩んだのかなぁ。私も目が眩むと思います。賞金だけ貰うっていうわけにはいかないものですかねぇ。(すっかりもらえるつもりになってる(笑))

ノーベル賞をいただく前に、まずはこちらを目指したいと思います。よろしくお願いいたします。

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ありがとうございました。