歩くだけ

どうでもいいこと9割です

再び自己紹介です。

自分が書きたいことを、ただ、書きたいと思ってたので、与えられたお題で書いて投稿することに、やや抵抗がありましたし、もともと、あまりたくさんの人が訪れるブログにはしたくないなぁっていう気持ちがあって、皆さんが気づくところに置くのにもちょっと抵抗がありました。それでも、ネタが尽きて、ちょっとだけやってみようと思ったのです。

思ったよりもたくさんの方がこの私のブログを訪れて下さいました。読みに来て下さった方のブログを覗いてみると、ステキなブログがたくさん。私は少し臆病過ぎたのかも知れません。

一人で探すと、なかなか心から読みたいというブログにたどり着けなかったのですが、お題で投稿してからというもの、たくさんのブログに巡り会うことができました。すべての方がお題の記事から来てくれたことでもないようですが、とてもありがたいことだと思っています。

どれが上とか下とかということではないのですが、私がうまく言葉にできないもやもやを、さらっと言語化して表現している言葉に出会った時に、何か特別な感情を持ってしまいます。その人のブログを読むことは、もしかしたら私が私自身を理解するのに役立つというか、いやそれよりも、手伝ってくれるという言い方の方が合っているかもしれません、そんな感じです。

そして、ついつい全部の記事を読んでみたくなります。最近では実際にお二人の方のブログの全記事を一気に読ませていただきましたし、もうお一方、全部読んでみたい方もいらっしゃるのですが、その方についてはそっとしておきたいという気持ちもあり、少しずつ読むようにしています。

HSPの自助会に出席させていただいたときも、同じような気持ちになったことがあります。ある一人の方の、自分の中の思いを丁寧に紡いで発している言葉に、共感というよりも、今まで私が知らかった私自身に巡り会わせてもらったというような感覚を持ったのです。彼は私のことを話しているのではないかと、錯覚を覚えるくらいの感覚でした。

 

最近はこのブログにはHSPの話はあまり書かないようにしていますが、HSPの方お二人に読者登録していただいたので、軽く自己紹介も兼ねて、書いてみたいと思います。吃音のことにも触れます。

 

私は、ずっと吃音に苦しんできたのだとばかり思っていました。ところが、今から思うと、吃音矯正所のようなところで知り合った人たちが、私とは全然違うことに気が付きました。気づくのが遅すぎたかもしれません。

私は人の中に入って行くのがとことん苦手なのですが、それは全て吃音のせいだとばかり思っていたのです。しかし、吃音を抱えながらも人の中に堂々と入って行ける人もいれば、一人で海外でもどこでも出かけて行ける人もいました。

お父様が大企業の重役で、本人もちゃんと名の通った大学を卒業していて、その企業に就職しようと思えばできたものを、どこにも就職せずに働かないくらいに人の中に入って行くのが苦手なくせに、性風俗とか、そういったことを目的とした海外旅行等は平気で行ける人とか(スミマセン、言葉が過ぎました)、東大卒の官僚で吃音克服のために駅のホームで演説するなんてことをやっていたくらいに度胸があるのに、意中の人をデートに誘って、直前になって不安になって、私に一緒に来てくれないかと頼んできた人とか(ここは少し笑っていただけるとありがたいです…)、自分からすればぞっとするくらいに信じられないことばかりですが、いろいろな人がいたのです。

sirhilltaylor.hatenablog.com

 彼らと私で大きく違っていたのは、HSPということでしょうか。私にはACの気もあるようです。

大学生の頃は、人の中にどうしても入って行けない自分を何とかしなくてはという気持ちばかりが先行していました。アルバイトにしろ、人付き合いにしろ、とにかく外に出ていかなければという気持ちばかりでした。今から思うと、それがいけなかったのだと思います。HSPの吃音持ちにとっては、ちょっとストレスがたまりすぎてしまった。

終いには食べ物も喉を通らなくなって、大学へ行くこともできなくなってしまいました。これ以上大学に居続けても、少しも前に進めないと思い、やめることを決意しました。

あの時、HSPという概念が既に存在していたら、そして私がそれについて知っていたら、大学をやめるという風には考えなくても済んだのかもしれません。

ずいぶんと傲慢な発想ですが、当時の私は、吃音さえなければ、もしくは吃音があっても人の中に平気で入って行けるなら、何でもできる、私にはそれだけの能力があるくらいに思っていました。それと同時に、吃音を克服するか、対人が苦手なことを克服できなければ、自分には何も価値がないのではないかとも思っていました。そしたらもう、その苦手克服のために動くしかありませんでした。ただし、私は当時、大学の教室にいる、ただそれだけのことでも大変な苦痛を感じるくらいでした。

そんな私が選ぶべき選択肢は、本当なら、無理をしないで、苦手なことは極力しない、自分ができることの中で自分を磨いていくということだったはず。

当時はそんなことを考える余裕などなかった。後悔はしていませんけれども、もしもHSPの概念があったなら選択は違っていたのだろうなとは思っています。

 

大学をやめてからは、とにかく働きましたね。自分のような役に立たない奴は、誰よりもたくさん仕事をするしかないくらいに思っていました。これにしても大きな間違いだったことは、HSPの方なら、おわかりになるはず。

初めは人と絡まない仕事が多かったので何とかなりましたが、だんだんとそういうわけにはいかなくなってきてしまいました。もともと多かった仕事も、人を使うようになってからは、ますます増えてしまいました。上からの圧力も増す一方でした。

もう無理、ピンと張っていた糸が切れたような感じです。

 

仕事を辞めてから、初めはHSPのことなど分かりませんから、ネットでいろいろ調べましたね。社交不安障害で通院したこともあります。心だけでなく、体の方もボロボロでした。いろいろなことに取り組みまして、今は今までの人生の中で一番、心身共に健康と言えると思いますが、これからの人生をどうやって生きていくか、未だに思案中です。

簡単ではありますが、こんな感じです。

 

※お二人のHSPの方のブログはこちらです。同じHSPでもここまで違うのか!というくらいに違います。どちらもとてもステキです。

hspuk.hatenablog.com

 

id:HSPUKさんのブログは、ご本人は、イギリスのダークサイドへの愚痴とおっしゃられていますが、読んでいる私も一緒に吐き出しているように感じさせるものがあり、最後はとても壮快な気持ちになります。こちらは一気に全記事を読ませていただきました。ありがとうございます。

※このタイミングで、noteの方へお引越ししてしまいました。リンクを張っておきます。

note.com

 

もう一つはこちら。

wasuresasete.hatenablog.com

Kasumi (id:sans---souci) さんは真剣に自分と向き合っておられていて、私の方がずっと年上ですが、たくさん見習いたいものがあります。Kasumiさんと同じくらいの年齢の時に、こんな風に自分と向き合えていたらどのようになっていたのだろうとも思います。あの頃は、本当に仕事以外何もしていなかったなぁ。

ブログの中で、Kasumiさんが(「繊細さん」の本、武田友紀著)のことを書いておられました。私もHSP関連で初めて読んだ本がこれだったのですね。その時は、ちょっと違うなと思ったのですが、Kasumiさんのブログを読んでいたら、もう一度読み直してみたいという気持ちになりました。あの頃は、自分の心がカチカチに固まっていて、何も受け付けなかったのかも知れないと思ったのです。

この本に少しだけ影響を受けたとすれば、このブログを始めようと思ったきっかけの一つであり、あとは、外出時に必ず帽子をかぶって眼鏡をかけるようになったことでしょうか(笑)。

 

ありがとうございました。